ホームページを作るならスマホに対応しましょう!

スマホ対応

小さい頃、ロボットに憧れていました。特に人型ロボットで、自分のことを助けてくれる頼もしいのが居てくれたらいいなと思っていました。そうすれば面倒な宿題や、作文や、工作なんかもやってもらえるのになと。 でも大人になった今こそまさに必要だ!と切実に感じます。宿題はないけど仕事がある。しかもこの情報発信源の多様化した時代、ホームページを作るという仕事をしたらハイ終わり。ではない。ホームページを更新したことを他の情報発信源でも伝えなくてはならない。つまりスマホです。ツイッターでつぶやき、フェイスブックに投稿するというもう一仕事、いや二仕事が待っているのです。代わりにやってくれるロボットがほしい…。 でも大丈夫です。ロボットじゃないけれど、スマホに対応したホームページを作成すれば解決するんです。そのかなめはワードプレスです。まるで賢い高性能ロボットみたいに作文や工作の宿題を、ではなくブログを作るのを手伝ってくれます。脳内イメージではこんな感じです。「ご主人さま、多くの方にご覧いただくために、検索でトップに表示されるような単語を随所に組み込んで作っておきました」「でかしたぞ、ワードプレス号。これでSEO対策に私が頭を悩ます必要はなくなった」その上ページのデザインまですぐに変えてくれるという気の利かせよう。それが終われば指示せずともSNSに投稿してくれます。フェイスブック・ツイッターと連携、なんて別々に煩わされる必要なんてありません。一気に連携されます。脳内イメージではロボットのワードプレス号がパソコンとスマホを操作しているのが見えています。といっても画面をポチポチ押すなんていう手間もいらないわけですから、ワードプレス号は画面を洗浄して渡してくれます。「ご苦労、今日の仕事はもう終わりだ。車を出してくれ、出掛けるぞ」「かしこまりました。ご主人さま、新しいメッセージが届いております。過去のあなた様からです。」「読み上げてくれ」「“スマホに対応したホームページを作成するという先見の明は正しかった、ありがとう。”だそうです。返信いたしますか?」過去の自分に告げた、新時代のためにスマホに対応せよという助言が功を奏していることを実感し、目を細める。音もなく前に停まった流線型の車に乗り込みながら、私はこう答える。「その必要はない。…未来は、ここにある」「?かしこまりました、ご主人さま」これからのホームページはスマホへの対応が必須です。そうすればやってくる未来は、こんな感じかもしれません。

エンジェルナンバーの効果だったかもしれない体験

エンジェルナンバーという言葉は最近まで知りませんでしたが、もしかしたらこれがエンジェルナンバーといえるのかなといえる経験はしたことがあります。

その日は朝6時45分に起床予定だったのですが、その時間を前にしてなんとなく目が覚めてしまいました。今何時かなと時計を見てみると3時33分というゾロ目で、なんだか怖いような運がいいような不思議な気持ちになったことを覚えています。怖いと感じたのは恐らく草木も眠る丑三つ時といったことが頭をよぎったせいでしょう。
その後まだ時間があるからと再び眠りについたのですが、次に起きたのが6時33分でした。三つのゾロ目ではありませんでしたがなんだか3に縁がある日なのかもとこの辺から思い始めました。
それからいつもどおりの日常を過ごしていたのですが、信号待ちをしていると曲がり角であるにも関わらずかなりのスピードで突っ込んでくる車と遭遇しました。

危ない運転をするなと思ってふとその車の方をみると、遠巻きながら333というナンバーが見えました。少しこじつけかもしれませんが、自分が注意せずに横断歩道を渡っていたら何かしらあの車の被害にあっていたかもしれないと思ってしまいました。
恐らくこれらがエンジェルナンバーの効果なのでしょう。

調べてみると→http://dream8.xsrv.jp/angel/3のエンジェルナンバーは神様が近くにいることを示しているようですし、神様がいろいろなものから守ってくれていたのかもしれません。

元々この手の話を深く信じる方ではありませんが、占いなど興味本位で楽しむ分には好きな方なのでなかなかに興味深い体験をしてしまったのかもしれないと思いました。女の子はこのような話が好きなのは昔から変わっていないのだなと少しほほえましい気持ちにもなりますね。
その後もゾロ目を目にしたり、自身の誕生日のナンバーを見かけたりといったことは度々ありますが、一日の中で複数回同じ数字のゾロ目を見かけたのは後にも先にもこの時が最後です。今後またこのように何度も目にする機会があるならば、それは間違いなくエンジェルナンバーでといってもよいのかもしれませんし真実味が増してしまうなと思ってしまいますね。

地元のガリバーがおすすめ

横浜市に住む既婚の45才男です。趣味はドライブでどちらかというと楽観的な性格、子供のが3人の5人家族です。
自由に使えるおカネは、月に5万くらいかな。
横浜に住んでいて、おすすめの中古車販売店というと、ガリバーです。
なんと言っても、扱っている車の保有台数が圧倒的だからです。
この10年位で、中古車市場もインターネットで取引される時代になっていますので、これを媒体をフルに活かした販売や買取りを積極的に行っています。
私も自分の車をガリバーで売却したこともなりますし、セカンドカーを購入したこともあります。

 

 

 
売却の時は、インターネットの一括査定を使ったのですが、ガリバーは群を抜いて、査定価格が良かった記憶があります。
売却手続きもスムーズで、金額の根拠説明も分かりやすくて納得の売却でした。

 
しかし、本当にありがたいと思ったのは、セカンドカーを購入した時です。
メインの車はミニバンを使っているのですが、仕事の通勤の関係で、2年限定で車通勤が必要になりました。
メインの車を使うにはもったいないし、とはいって、2代目にあまり投資はできないのとから、再びガリバーにお世話になることにしました。

 

 

 
売却した店舗が近くだったこともあって、足を運んだのですが、約30万円程度の予算で、セカンドカーを購入できたのです。
すすめてくれた車はコンパクトカー。
それでも、すぐにおすすめの車を提示してくれた時は、さすがだなと思いました。

 

 
あっと合う間の手続きで、実際に乗れるまでの期間もかなり短かったのです。
ラッキーとしか思えないのは、走行距離が7万Kmを超えていたにもかかわらず、車の状態が良かったことです。
安く買えた上に、これだけのベストなコンディションだったので、走りもしっかりとしていました。2年過ぎて、車通勤から開放されて、ガリバーに売却した時も、安くてもそれなりの金額でまた売れたことから、三度目の驚きでした。

 

 

 
「本当にこれで良かったのかな。」
と思えるくらいの好条件てしたので、車を考えるなら、ガリバーにお任せするのもいいと思います。

幸せは自分で掴むもの!チャンスも自分で切り拓くもの!

「運命の出会いなかなかないなぁ。」

「そもそも出会いの場が少なすぎるわ。」

中々恋人ができひん人はこういう風に思っている人が多いんやないでしょうか?

 

 

出会いのきっかけは人それぞれや思うけど、極論を言うとどんな人でもまずは付き合ってみな何も分からんと思います。

付き合う前に「あの人は何か細かそうに見えるから嫌や。」「何かつまんなさそうやからやめとくわ。」とか、これ事実やなくて勝手な解釈ですからね。

 

付き合ってみたらその人の意外なところが発見できたり、思ってたのと全然違うかったってことはようあることです。

 

 

 

 

僕は現在結婚して12年目になり、2人の子供にも恵まれ妻とラブラブな毎日を過ごしています。
12年前、そんなラブラブな妻と出逢ったのは従妹の紹介でした。

出逢った時の妻は金髪で短いスカート、ルーズソックスを履いたいわゆるギャルでした。
一方僕は、黒髪で服装もジーパンにTシャツといった普通の専門学生でした。

初対面で自分との見た目のタイプの差に圧倒されて正直「2回目はないやろなあ。」と勝手に思っていました。

 

 

 

 

初めてのデートでカラオケに行ったんやけど、見た目と中身のギャップに正直驚かされました。

何か料理を頼んだら自分より先に僕の皿に料理を取り分けてくれたり、割りばしまで割って渡してくれたりと、おもてなし度が半端やなかったんです。

 

 
実はそのギャップに惹かれて2回目はないと思っていた今の妻に当日別れ際に告白したのがきっかけで今に至るわけです。

このことで僕が言いたいのは、見た目で判断してしまったら運命の出会いも気付かぬまま見過ごしてしまうということです。

お金に困った時の私の解決方法

神奈川県の大和市に住んでいます52才女性です。
趣味はスキーで、スキーで始まってスキーで終わるというほどのスキー狂いです!(^^)!

 

 
私は、今までで、2度お金にとても困った経験があります。
まず、一回目は、母親が経営していた土木関係の株式会社が経営困難に陥った時の事です。当時の社員は、身内以外に5名ほどの小規模な会社でしたが、40年の社歴があった為に、他社や取引先からの信頼度も高く、簡単に倒産することができませんでした。

 

 

 

銀行の長期借入金の返済額の負担が大きかったので、返却するために、他社から借り入れを繰り返していましたので、実際火の車でした。

当時経理も担当していた私は、経営的に非常に苦しく、辞め時も考慮に入れていたのですが、ほかの社員が、なんとか続けてほしい、と言ってましたので、月々の支払いを工面していました。

 

 

 

お金に苦しい時、最終的には、神頼みしかない、と思い、年末ジャンボやサマージャンボなど、自費で1回50万位づつ買いましたが、いっこうに宝くじは当りませんでした。もし当ったら、そのお金で、会社を建て直して、再出発したいと思ってましたが、全然当らずに、ついに倒産してしまいました。

 
次にお金に困った時は、会社倒産後、しばらくの間です。
なぜかというと、主人も私も同じ会社で働いていましたので、夫婦で職を失ってしまったので、収入0になってしまったのです。

しかも、私は、会社の連帯保証人になっていましたので、コピー機器のレンタル代金の返済額が100万円請求されてしまいました。

 
とりあえず、2人の子供達の為に、生活費を稼がなければいけなかったので、主人も私もアルバイトの掛け持ちで、働き続けました。
100万円は、すぐには返済が出来なかったので、親戚から10万円づつ借りて、少しづつ返済していきました。
当時は30代でまだ若かったから、体力的にも無理が出来ましたが、今、あのときの状態で有れば自己破産の道しか残されていなかったと思います。

引っ越しについての経験

私は年齢が28歳女性で、現在は3人の子育てをする主婦です。

趣味は、ゴスペルを歌うことと、絵をかくことです。
住んでいる地域は比較的子育てに恵まれた環境で山と海にの自然に囲まれた、だからと言って田舎でもなく便利な街です。

 

私自身の性格は比較的人見知りで大勢でわいわいとすることが苦手というか、あまり好きではありません。
私自身の収入は現在2,5万円/月ほどで、今のところに引っ越す前には子供がみんなまだ小さかったので、子育て真っ最中の為収入はありませんでした。

 

 

 

現在のところに引っ越す前は子供がまだ2人の時で、賃貸マンションから戸建てへの引っ越しでした。
トントンと家の購入が決まりましたので、引っ越しに関しても急な展開になりましたので、マンションの賃貸契約のことも考えて急いで引っ越し業者を検討する必要がありました。
あまりな急なため、業者をゆっくり見比べることが難しかったのですが、主人と手分けしてまず私が出来る範囲で検討を始め、インターネットから見積もりを依頼することになりました。

 

 

 
簡単に見積もりができるかと思っていましたが、やはり基本的にはどこの業者も全体の荷物を確認した上で見積もりを出すという形でしたので、順に何社かの見積もりのアポの連絡が入りました。
主人と時間を合わせるのは難しく、私個人で話を聞けるときとで分けてお願いすることになりました。
訪問からは見積もりは早く、後に予想される経費なども説明されてざっと計算していただくことになりました。

 

 
話を聞いて初めて分かりましたが、日程によっては引っ越しが重なる日程もあり、日程によって見積もりの金額も変わる事を知りました。
なので予算もそうですが、実際に引っ越しを行える日などを事前に相談する必要がありました。
最終的には見積もりと希望の日程の希望に添える業者で、尚且つ実績のある0123にすることにしました。
比較的高めの業者のはずですが、引っ越し先の近くに会社がありましたので、費用の面で押さえれた部分がありました。

 

 
結果的には新築の戸建てでしたので、やはり実績のあるところを見せつけられ、丁寧に作業されました。
引っ越し後にはそっと気づかれないように、お風呂場に業者さんから丁寧にメッセージと粗品が置いてありました。
感動と感謝でいっぱいでした。

パブロ・ピカソにしかないピカソ的な魂

パブロ・ピカソの「泣く女」を500ピースのパズルを作って部屋に飾っていたことがある。

 

随分昔の話です。何年か後に、ピカソの描いた「鳩」の絵の自叙伝?的な文庫本も手元にあった。特に意識してピカソに拘った訳では無いが、自分として何かを感じていたのだと思う。ピカソの絵にはそうした自分の深層心理を抉り取る、
一種の刺激的要素が多分に含まれている様に思える。

 
晩年の作品「ゲルニカ」は大画面の迫力があり、しかしながら、モノトーンの寂しさと、湧き上がる魂と言うか、時代に対する反抗や訴え、時代の叫びの様な物を感じざるを得ません。

 

 

芸術作品はその人の、生い立ちや直面して来た生活感、時代、人間関係を露骨に表現する。人によってはそれを音楽で表現し、また、違う人は政治や経済活動を通じて自己アピールをする。アピールと言うと表現が安直だけれど、正に人生観そのものをアートとして表現する。その時代の直下では受け入れがたいのかも知れないが、後世になってその評価がなされる事も、翻ってその芸術家が芸術家として成立した瞬間なのだろうと感じる。

 

 

 

 

ピカソの関しては、青の時代に表現されるダークな一面とデッサン力の強烈さ、描写の若さ、イキイキした感じを押し殺した鬱々(うつうつ)とした表現力が何とも言えず苦しい。

その反動が出た様なアフリカ彫刻の時代の明るいタッチの色使いと、後のピカソを象徴する様な記号や暗号を意識させる表現の仕方は、青の時代とは対称的な人生観を見せている。

作品「ダンス」「磔刑」では心象的には陽気、絵的には記号化・暗号化の始まりの様な部分が垣間見える。後の「泣く女」「ゲルニカ」に代表される作品群へと繋がる、ピカソの「キー」が具現化されるのだ。

 

 

 

代表的な作品のそれ自体を取り上げると、何を表現しているのか、何を訴えたいのか判断に困る事もあるが、しかしながら、それぞれの作品の時代背景や身近に起きた心の動きを後追いすると、「ああ、なるほど」となるのだ。

 

 

ピカソの場合、親友の自殺、恋愛、旅、戦争等に体験した事柄が、露骨なまでに表現として絵に浮かんでくる。目に映った出来事をピカソと言うフィルターを通すと、代表的な作品群としてなる。正にインパクトであるし、生きて来た時代を映す鏡の様な描写にその意味を見つける事になる。

 

 

 
「極めれば戻る」ではないが、初期の青の時代に描かれた作品群のトーンと晩年に挙がって来たゲルニカに代表される時代と思想がオーバーラップして見えるのは偶然だろうか。

 

 

ピカソの思想・反体制勢力と言う政治的側面はあえて書かなかったが、ピカソの自画像、作品には何か体制への反旗・訴えがある様に思える。ある種の哲学が感じられる点で、私の心の奥深い所に沈む様にして流れているように思える。

初志貫徹。

各時代の作品にはそれが感じられるから、なぜかピカソに惹かれる。

冷凍食品を使った弁当は最強の「時短弁当」

都内在住の男性、30歳です。
趣味は音楽鑑賞、まずまずの社交性を持ち合わせて(ネアカ)、同棲している彼女がいて、順風満帆な生活を…送っているつもりなのですが、如何せん自由に使えるお金があまりない。薄給に身をよじらせています。月々の支払いを全部済ませるころには、手持ちのお金は5~6万といったところでしょうか。

 

 

やっぱり都内でで生活すると月々のランニングコストはバカになりません。今は2人で割っていますが、家賃・光熱費・通信費等差し引くと、雀の涙ですよね。せっかく都内が職場なら、お昼休みはおしゃれなランチを…なんて夢物語。毎日弁当を作って節約生活です。
そんな時非常に役に立っているのが「冷凍食品」。本当は冷凍食品でも、何品も使って、彩も良く、素敵な弁当を作りたいところですが、貧乏暇なしとよくいいます。時間はないけどお金もない。よって弁当+冷凍食品一品程度の弁当で飢えをしのぐ毎日です。

 
・こんな使い方、本当は恥ずかしいのだけれど…
私の弁当は準備に一分もかかりません。手順をご紹介しますと、
1、タッパーにご飯を詰めます。
2、冷凍食品(から揚げが多いです)を詰めます。
3、ふたを閉めます。
と、たったの3工程。どんなに忙しい朝でも用意することができ、おなかがいっぱいになり、なんといっても経済的。

 

お昼の休憩・ご飯を食べるころには、自然解凍された「から揚げ弁当」が空いたおなかを満たしてくれます。
最近は冷凍食品のクオリティも上がっているのか、結構おいしくいただけます。本当は、野菜を使った冷食なんかも入れていきたいですが、そこはぐっと堪えて、ごはんとおかずの組み合わせです。お金はないので。

 

 
食事に肝心の栄養価ですが、お昼ご飯は「栄養を考えず、おなかを満たすこと」に重きを置いているため、朝・晩で調整するイメージです。冷凍食品に悪いイメージはありませんが、ちゃんと作られている同僚の愛妻弁当なんかを見ると、正直せつない気持ちになる事もしばしばです…。

 

 

 

しばらくは冷凍食品の便利さと、上手にお付き合いしていけるように頑張っていきたいと思います。
メーカーさん、から揚げの味のバリエーションを増やしていただけると嬉しいです。

早稲田実業 清宮選手の活躍

76才の男性です。

京都の丹後地方に住んでいます。女房は数年前にあっちの世界に行ってから、今は私一人で独身暮らし。子供は一人いるが東京にいるので、殆ど帰ってこずたまに電話があるくらい。年に何回かある近所での寄り合いで旅行にいったり、近隣の子供の学校の送り迎えをするのが楽しみです。
あとは高校野球なんかも大好きだな。
なんといっても、大人の駆け引きのない清々(すがすが)しさが素晴らしい!
今年も選抜高校野球が始まっています。とにかく目玉は何といっても早稲田実業の清宮選手。1年生の夏の甲子園で鮮烈なデビューを果たした彼もとうとう最上級生になってキャプテンとして臨む甲子園大会になりました。

 

 

もちろん、その血統やこれまでの活躍から常にマスコミでもその様子が取り上げられました。地方大会でもプロ野球の二軍よりも集客があり、警備も厳戒態勢になっているところはさすがに驚きとしか言いようはありません。そして、数字で言えば、とにかく「高校通算本塁打」ばかりがとりざたされ、ここまでやってきました。
環境の変化としては後輩にこれもまた超高高級の野村君が入学してきて、4番を打つようになり、清宮選手が敬遠されずに勝負されることになったことでしょうか。これは非常に好ましいことです。

 

 

 

 

彼の一挙手一投足に対してさまざまな意見が交わされています。特に昨年の秋の大会で話題になったのは左投手の切れのいいスライダーに手も足も出ず、たったそれだけの1試合で早熟、左ピッチャーが打てないフォームなどとマスコミに騒がれている姿はさすがにひどいなと思ったこともあります。しかし、これだけの逸材ですからこれからも同じようなことが高校時代は発生してくるでしょう。

そして、それを乗り越えてこそ将来のスター選手になりうる人材だと思います。
かつて、甲子園で元ヤンキースの松井選手に5連続敬遠を指示した明徳義塾の馬渕監督が選抜高校野球の緒戦で早稲田実業と対戦するに当たり、敬遠策について聞かれた際、「全ての打席での敬遠はない、その比較は松井選手に失礼でしょう」というニュアンスのコメントをしています。

 

 

確かに清宮選手の器がどの程度のものかわかりませんがこうしたコメントをひっくり返すくらいの活躍をまずは甲子園でしてもらい、将来的には松井選手を追い越すくらいのビッグな選手になってもらいたいものです。

 

 
野球界はとにかくスター選手が必要です。メジャーリーグでの活躍を期待すると同時に日本のプロ野球ももっともっと盛り上げてもらうためにも次世代のスタートして清宮選手にはまず甲子園での更なる活躍をしてもらいたい、そう願う次第です。選抜高校野球での活躍が今から本当に楽しみになってきました。若い世代の野球選手の台頭は本当にうれしいものだとファンには感じます。

東京オリンピックパラリンピックを迎えるにあたって

56才の自営業です。
自営といえば、なんかカッコいいですが、ぶっちゃけ廃品業種をしております。
ここ最近は、わが業界も過当競争で、クルマの免許一枚あればできる業種なので、あちこちの業界から飛び込んでくるありさま。

つい最近も、倒産した大手家電業界(正確には、外資に買収されたとか)から、、まったく異業界のわがリサイクル業界に就職した人もいました。
そんなこんなで、この業界も競争が激しく、普通の動きをしていたんではなかなか食っていくのにタイヘンです。
さてさて、話は変わりますが、東京オリンピックパラリンピックが間近に迫ってきました。様々な課題を抱えながらも開会式はやってきます。日本では半世紀を経て迎えるオリンピックだけに期待もひとしおだと言えるでしょう。

ではどんな課題があり、どう解決していけば良いのでしょうか。個人的な見解も含め、説明していきたいと思います。

まずは課題です。何と言っても最初に取り上げるべきは会場問題、そして予算といったハード面の課題でしょう。

 

 

各競技の開催場所、当初見積もった予算からの超過分をいかにおさめていくかはまだまだ協議が必要ないからところかもしれません。しかし、それに負けず劣らず重要なことはソフト面での課題です。例えば、おもてなしが大事と言いながら英語のコミュニケーション能力が低いこと、海外では都心部では当たり前の無料wifi環境の整備、さらには増え続ける海外渡航客の受け入れども解消に向けてまだまだ難しい課題を多く残しています。
これは実際のところ、金銭面やノウハウも含めて東京都だけで解決できるのかといえばさすがに厳しいものがあるといわざるを得ません。オリンピックという国際的なイベントだけに日本として対応していくことが肝要です。
さらに何よりも重要なことはレガシーです。いわば、オリンピックというビックイベントを日本の東京都で開催することで未来に何を残していけるのか、これを、しっかり考えていくことこそが一番ではないでしょうか。

東京オリンピックのために建造した建物がレガシーでしょうか。そんな事はありません。東京オリンピックを開催することで世界200カ国以上の方々を日本に受け入れることにより、様々なコミュニケーションが求められることになります。

 

 
オリンピック出場をする選手だけではなく、会場のスタッフやボランティアの方々、東京都を中心にオリンピック教育を受ける中学生や小学生、高校生にとっても東京オリンピックは非常に貴重なチャンスになります。

私が考えるに、東京オリンピックパラリンピックを通じて少しでもこの会社に関わった方々が経験したことこそが、オリンピックのレガシーになるのではないかと感じています。
今からさまざまな準備を行うことになりますが、できるだけ多くの方が東京オリンピックパラリンピックを自分ごととして捉え、オリンピックレガシーをその体に刻んで開催を無事に終えられることができるのが1番だと考えています。